のを見兼て「公《こう》、まず這入れ」と云う。加茂《かも》の水の透《す》き徹《とお》るなかに全身を浸《つ》けたときは歯の根が合わぬくらいであった。湯に入《い》って顫えたものは古往今来《こおうこんらい》たくさんあるまいと思う。湯から出たら「公まず眠《ねぶ》れ」と云う。若い坊さんが厚い蒲団《ふとん》を十二畳の部屋に担《かつ》ぎ込《こ》む。「郡内《ぐんない》か」と聞いたら「太織《ふとおり》だ」と答えた。「公のために新調したのだ」と説明がある上は安心して、わがものと心得て、差支《さしつかえ》なしと考えた故、御免《ごめん》を蒙《こうぶ》って寝る。
寝心地はすこぶる嬉《うれ》しかったが、上に掛ける二枚も、下へ敷く二枚も、ことごとく蒲団なので肩のあたりへ糺の森の風がひやりひやりと吹いて来る。車に寒く、湯に寒く、果《はて》は蒲団にまで寒かったのは心得ぬ。京都では袖《そで》のある夜着《よぎ》はつくらぬものの由を主人から承《うけたまわ》って、京都はよくよく人を寒がらせる所だと思う。
真夜中頃に、枕頭《まくらもと》の違棚《ちがいだな》に据《す》えてある、四角の紫檀製《したんせい》の枠《わく》に嵌《は》め込
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