と云うと、さも面倒くさそうな顔つきをして、うん今|金《かね》の事を少し考えているところだと答えた。せっかく空谷子の所へ来て、また金の話なぞを聞かされてはたまらないから、黙ってしまった。すると空谷子が、さも大発見でもしたように、こう云った。
「金は魔物だね」
 空谷子の警句としてははなはだ陳腐《ちんぷ》だと思ったから、そうさね、と云ったぎり相手にならずにいた。空谷子は火鉢の灰の中に大きな丸を描《か》いて、君ここに金があるとするぜ、と丸の真中を突ッついた。
「これが何にでも変化する。衣服《きもの》にもなれば、食物《くいもの》にもなる。電車にもなれば宿屋にもなる」
「下らんな。知れ切ってるじゃないか」
「否《いや》、知れ切っていない。この丸がね」とまた大きな丸を描いた。
「この丸が善人にもなれば悪人にもなる。極楽へも行く、地獄へも行く。あまり融通が利《き》き過ぎるよ。まだ文明が進まないから困る。もう少し人類が発達すると、金の融通に制限をつけるようになるのは分り切っているんだがな」
「どうして」
「どうしても好いが、――例《たと》えば金を五色《ごしき》に分けて、赤い金、青い金、白い金などとして
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