》になって、ただ一枚の紫《むらさき》が縁《えん》までふわふわと動いている。袖《そで》も手も足も見えない。影は廊下に落ちた日を、するりと抜けるように通った。後《あと》から、――
 今度は少し低い。真紅《しんく》の厚い織物を脳天から肩先まで被《かぶ》って、余る背中に筋違《すじかい》の笹《ささ》の葉の模様を背負《しょ》っている。胴中《どうなか》にただ一葉《ひとは》、消炭色《けしずみいろ》の中に取り残された緑が見える。それほど笹の模様は大きかった。廊下に置く足よりも大きかった。その足が赤くちらちらと三足ほど動いたら、低いものは、戸口の幅を、音なく行き過ぎた。
 第三の頭巾《ずきん》は白と藍《あい》の弁慶《べんけい》の格子《こうし》である。眉廂《まびさし》の下にあらわれた横顔は丸く膨《ふく》らんでいる。その片頬の真中が林檎《りんご》の熟したほどに濃い。尻だけ見える茶褐色の眉毛《まみえ》の下が急に落ち込んで、思わざる辺《あたり》から丸い鼻が膨《ふく》れた頬を少し乗り越して、先だけ顔の外へ出た。顔から下は一面に黄色い縞《しま》で包まれている。長い袖を三寸余も縁《えん》に牽《ひ》いた。これは頭より高い
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