な。とうとう負けました」

     行列

 ふと机から眼を上げて、入口の方を見ると、書斎の戸がいつの間にか[#「いつの間にか」は底本では「いつの間か」]、半分明いて、広い廊下が二尺ばかり見える。廊下の尽きる所は唐《から》めいた手摺《てすり》に遮《さえぎ》られて、上には硝子戸《ガラスど》が立て切ってある。青い空から、まともに落ちて来る日が、軒端《のきば》を斜《はす》に、硝子を通して、縁側《えんがわ》の手前だけを明るく色づけて、書斎の戸口までぱっと暖かに射した。しばらく日の照る所を見つめていると、眼の底に陽炎《かげろう》が湧《わ》いたように、春の思いが饒《ゆた》かになる。
 その時この二尺あまりの隙間《すきま》に、空《くう》を踏んで、手摺《てすり》の高さほどのものがあらわれた。赤に白く唐草《からくさ》を浮き織りにした絹紐《リボン》を輪に結んで、額から髪の上へすぽりと嵌《は》めた間に、海棠《かいどう》と思われる花を青い葉ごと、ぐるりと挿《さ》した。黒髪の地《じ》に薄紅《うすくれない》の莟《つぼみ》が大きな雫《しずく》のごとくはっきり見えた。割合に詰った顎《あご》の真下から、一襞《ひとひだ
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