の上まで弾《は》ね返《かえ》るように動いた。続いて長いものが叔父さんの手を離れた。それが暗い雨のふりしきる中に、重たい縄《なわ》のような曲線を描いて、向うの土手の上に落ちた。と思うと、草の中からむくりと鎌首《かまくび》を一尺ばかり持上げた。そうして持上げたまま屹《きっ》と二人を見た。
「覚えていろ」
 声はたしかに叔父さんの声であった。同時に鎌首《かまくび》は草の中に消えた。叔父さんは蒼《あお》い顔をして、蛇《へび》を投げた所を見ている。
「叔父さん、今、覚えていろと云ったのはあなたですか」
 叔父さんはようやくこっちを向いた。そうして低い声で、誰だかよく分らないと答えた。今でも叔父にこの話をするたびに、誰だかよく分らないと答えては妙な顔をする。

     泥棒

 寝ようと思って次の間へ出ると、炬燵《こたつ》の臭《におい》がぷんとした。厠《かわや》の帰りに、火が強過ぎるようだから、気をつけなくてはいけないと妻《さい》に注意して、自分の部屋へ引取った。もう十一時を過ぎている。床の中の夢は常のごとく安らかであった。寒い割に風も吹かず、半鐘《はんしょう》の音も耳に応《こた》えなかった。熟
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