なければただ見つめている。御爺さん、これ、なあにと小供が来て指を触《つ》けようとすると、始めて月日に気がついたように、老人は、触《さわ》ってはいけないよと云いながら、静かに立って、懸物を巻きにかかる。すると、小供が御爺さん鉄砲玉はと聞く。うん鉄砲玉を買って来るから、悪戯《いたずら》をしてはいけないよと云いながら、そろそろと懸物を巻いて、桐の箱へ入れて、袋戸棚《ふくろとだな》へしまって、そうしてそこいらを散歩しに出る。帰りには町内の飴屋《あめや》へ寄って、薄荷入《はっかいり》の鉄砲玉を二袋買って来て、そら鉄砲玉と云って、小供にやる。倅《せがれ》が晩婚なので小供は六つと四つである。
 倅と相談をした翌日、老人は桐の箱を風呂敷《ふろしき》に包んで朝早くから出た。そうして四時頃になって、また桐の箱を持って帰って来た。小供が上り口まで出て、御爺さん鉄砲玉はと聞くと、老人は何にも云わずに、座敷へ来て、箱の中から懸物を出して、壁へ懸《か》けて、ぼんやり眺め出した。四五軒の道具屋を持って廻ったら、落款《らっかん》がないとか、画《え》が剥《は》げているとか云って、老人の予期したほどの尊敬を、懸物に払うも
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