鸚鵡の嘴《くちばし》で突つかれそうに近く、鳥の傍《そば》へ持って行く。鸚鵡は羽搏《はばた》きをして、しきりに鳴き立てる。御爺さんの出ないときは、娘が長い裾《すそ》を引いて、絶え間なく芝刈《しばかり》器械をローンの上に転《ころ》がしている。この記憶に富んだ庭も、今は全く霧《きり》に埋《うま》って、荒果《あれは》てた自分の下宿のそれと、何の境もなくのべつに続いている。
裏通りを隔《へだ》てて向う側に高いゴシック式の教会の塔がある。その塔の灰色に空を刺す天辺《てっぺん》でいつでも鐘が鳴る。日曜はことにはなはだしい。今日は鋭く尖《とが》った頂きは無論の事、切石を不揃《ふそろい》に畳み上げた胴中《どうなか》さえ所在《ありか》がまるで分らない。それかと思うところが、心持黒いようでもあるが、鐘の音《ね》はまるで響かない。鐘の形の見えない濃い影の奥に深く鎖《とざ》された。
表へ出ると二間ばかり先は見える。その二間を行き尽くすとまた二間ばかり先が見えて来る。世の中が二間四方に縮《ちぢ》まったかと思うと、歩けば歩《あ》るくほど新しい二間四方が露《あら》われる。その代り今通って来た過去の世界は通るに任《
前へ
次へ
全123ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング