蔭《おかげ》である。このジャンクションには一日のうちに、汽車が千いくつか集まってくる。それを細《こま》かに割りつけて見ると、一分に一《ひ》と列車ぐらいずつ出入《でいり》をする訳になる。その各列車が霧《きり》の深い時には、何かの仕掛《しかけ》で、停車場|間際《まぎわ》へ来ると、爆竹《ばくちく》のような音を立てて相図をする。信号の灯光は青でも赤でも全く役に立たないほど暗くなるからである。
 寝台《ねだい》を這《は》い下りて、北窓の日蔽《ブラインド》を捲《ま》き上げて外面《そと》を見おろすと、外面は一面に茫《ぼう》としている。下は芝生の底から、三方|煉瓦《れんが》の塀《へい》に囲われた一間余《いっけんよ》の高さに至るまで、何も見えない。ただ空《むな》しいものがいっぱい詰っている。そうして、それが寂《しん》として凍《こお》っている。隣の庭もその通りである。この庭には奇麗《きれい》なローンがあって、春先の暖かい時分になると、白い髯《ひげ》を生《はや》した御爺《おじい》さんが日向《ひなた》ぼっこをしに出て来る。その時この御爺さんは、いつでも右の手に鸚鵡《おうむ》を留まらしている。そうして自分の目を
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