事もできずに、焔を見物している。焔は鼻の先から燃え上がる。
傍《そば》に押し詰められているものは口々にどこだ、どこだと号《さけ》ぶ。聞かれるものは、そこだそこだと云う。けれども両方共に焔の起る所までは行かれない。※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]は勢いを得て、静かな空を煽《あお》るように、凄《すさま》じく上《のぼ》る。……
翌日|午過《ひるすぎ》散歩のついでに、火元を見届《みとどけ》ようと思う好奇心から、例の坂を上って、昨夕《ゆうべ》の路次を抜けて、蒸汽喞筒の留まっていた組屋敷へ出て、二三間先の曲角《まがりかど》をまがって、ぶらぶら歩いて見たが、冬籠《ふゆごも》りと見える家が軒を並べてひそりと静まっているばかりである。焼け跡はどこにも見当《みあた》らない。火の揚《あ》がったのはこの辺だと思われる所は、奇麗《きれい》な杉垣ばかり続いて、そのうちの一軒からは微《かす》かに琴《こと》の音《ね》が洩《も》れた。
霧
昨宵《ゆうべ》は夜中《よじゅう》枕の上で、ばちばち云う響を聞いた。これは近所にクラパム・ジャンクションと云う大停車場《おおステーション》のある御
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