る。暗い路は自《おの》ずと神経的に活《い》きて来た。坂の下まで歩いて、いよいよ上《のぼ》ろうとすると、胸を突くほど急である。その急な傾斜を、人の頭がいっぱいに埋《うず》めて、上から下まで犇《ひしめ》いている。焔《ほのお》は坂の真上から容赦《ようしゃ》なく舞い上る。この人の渦《うず》に捲《ま》かれて、坂の上まで押し上げられたら、踵《くびす》を回《めぐ》らすうちに焦《こ》げてしまいそうである。
もう半町ほど行くと、同じく左へ折れる大きな坂がある。上《のぼ》るならこちらが楽で安全であると思い直して、出合頭《であいがしら》の人を煩《わずら》わしく避《よ》けて、ようやく曲り角まで出ると、向うから劇《はげ》しく号鈴《ベル》を鳴らして蒸汽喞筒《じょうきポンプ》が来た。退《の》かぬものはことごとく敷《し》き殺《ころ》すぞと云わぬばかりに人込の中を全速力で駆《か》り立てながら、高い蹄《ひづめ》の音と共に、馬の鼻面《はなづら》を坂の方へ一捻《ひとひねり》に向直《むけなお》した。馬は泡を吹いた口を咽喉《のど》に摺《す》りつけて、尖《とが》った耳を前に立てたが、いきなり前足を揃《そろ》えてもろに飛び出した。
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