く忙《せわ》しい正月を迎えた。客の来ない隙間《すきま》を見て、仕事をしていると、下女が油紙に包んだ小包を持って来た。どさりと音のする丸い物である。差出人《さしだしにん》の名前は、忘れていた、いつぞやの青年である。油紙を解いて新聞紙を剥《は》ぐと、中から一羽の山鳥が出た。手紙がついている。その後《のち》いろいろの事情があって、今国へ帰っている。御恩借《ごおんしゃく》の金子《きんす》は三月頃上京の節是非御返しをするつもりだとある。手紙は山鳥の血で堅まって容易に剥《はが》れなかった。
その日はまた木曜で、若い人の集まる晩であった。自分はまた五六人と共に、大きな食卓を囲んで、山鳥の羹《あつもの》を食った。そうして、派出《はで》な小倉《こくら》の袴《はかま》を着けた蒼白《あおしろ》い青年の成功を祈った。五六人の帰ったあとで、自分はこの青年に礼状を書いた。そのなかに先年の金子の件|御介意《ごかいい》に及ばずと云う一句を添えた。
モナリサ
井深《いぶか》は日曜になると、襟巻《えりまき》に懐手《ふところで》で、そこいらの古道具屋を覗《のぞ》き込んで歩るく。そのうちでもっとも汚《きた》
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