ょうだつ》を引き受けた。その時|彼《か》れは風呂敷包の中から一幅の懸物《かけもの》を取り出して、これがせんだって御話をした崋山《かざん》の軸《じく》ですと云って、紙表装の半切《はんせつ》ものを展《の》べて見せた。旨《うま》いのか不味《まず》いのか判然《はっきり》とは解らなかった。印譜《いんぷ》をしらべて見ると、渡辺崋山にも横山華山にも似寄った落款《らっかん》がない。青年はこれを置いて行きますと云うから、それには及ばないと辞退したが、聞かずに預けて行った。翌日また金を取りに来た。それっきり音沙汰《おとさた》がない。約束の二週間が来ても影も形も見せなかった。自分は欺《だま》されたのかも知れないと思った。猿《さる》の軸は壁へ懸《か》けたまま秋になった。
袷《あわせ》を着て気の緊《し》まる時分に、長塚《ながつか》が例のごとく金を借《か》してくれと云って来た。自分はそうたびたび借すのが厭《いや》であった。ふと例の青年の事を思い出して、こう云う金があるが、もし、それを君が取りに行く気なら取りに行け、取れたら貸してやろうと云うと、長塚は頭を掻《か》いて、少し逡巡《しゅんじゅん》していたが、やがて思
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