しら》えたんだと云って、指の股《また》で、枝の心《しん》になっている針金をぐるぐる廻転さしていた。妹といっしょに家を持っている事はこの時始めて知った。兄妹《きょうだい》して薪屋《まきや》の二階を一間借りて、妹は毎日|刺繍《ぬいとり》の稽古《けいこ》に通《かよ》っているのだそうである。その次来た時には御納戸《おなんど》の結び目に、白い蝶《ちょう》を刺繍《ぬいと》った襟飾《えりかざ》りを、新聞紙にくるんだまま、もし御掛けなさるなら上げましょうと云って置いて行った。それを安野《やすの》が私に下さいと云って取って帰った。
そのほか彼は時々来た。来るたびに自分の国の景色《けいしょく》やら、習慣やら、伝説やら、古めかしい祭礼の模様やら、いろいろの事を話した。彼の父は漢学者であると云う事も話した。篆刻《てんこく》が旨《うま》いという事も話した。御祖母《おばあ》さんは去る大名の御屋敷に奉公していた。申《さる》の年の生れだったそうだ。大変殿様の御気に入りで、猿に縁《ちな》んだものを時々下さった。その中に崋山《かざん》の画《か》いた手長猿《てながざる》の幅《ふく》がある。今度持って来て御覧に入れましょう
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