、面会を求めるので、座敷へ招《しょう》じたら、青年は大勢いる所へ、一羽の山鳥《やまどり》を提《さ》げて這入《はい》って来た。初対面の挨拶《あいさつ》が済むと、その山鳥を座の真中に出して、国から届きましたからといって、それを当座の贈物にした。
 その日は寒い日であった。すぐ、みんなで山鳥の羹《あつもの》を拵《こしら》えて食った。山鳥を料《りょう》る時、青年は袴《はかま》ながら、台所へ立って、自分で毛を引いて、肉を割《さ》いて、骨をことことと敲《たた》いてくれた。青年は小作《こづく》りの面長《おもなが》な質《たち》で、蒼白《あおじろ》い額の下に、度の高そうな眼鏡を光らしていた。もっとも著るしく見えたのは、彼の近眼よりも、彼の薄黒い口髭《くちひげ》よりも、彼の穿《は》いていた袴であった。それは小倉織《こくらおり》で、普通の学生には見出《みいだ》し得《う》べからざるほどに、太い縞柄《しまがら》の派出《はで》な物であった。彼はこの袴の上に両手を載せて、自分は南部《なんぶ》のものだと云った。
 青年は一週間ほど経《た》ってまた来た。今度は自分の作った原稿を携《たずさ》えていた。あまり佳《よ》くでき
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