来上って、流行の鶉縮緬《うずらちりめん》の道行《みちゆき》を着て、毛皮の襟巻《えりまき》をして、御作さんは旦那といっしょに表へ出た。歩きながら旦那にぶら下がるようにして話をする。四つ角まで出ると交番の所に人が大勢立っていた。御作さんは旦那の廻套《まわし》の羽根《はね》を捕《つら》まえて、伸び上がりながら、群集《ぐんじゅ》の中を覗《のぞ》き込んだ。
真中に印袢天《しるしばんてん》を着た男が、立つとも坐るとも片づかずに、のらくらしている。今までも泥の中へ何度も倒れたと見えて、たださえ色の変った袢天《はんてん》がびたびたに濡《ぬ》れて寒く光っている。巡査が御前は何だと云うと、呂律《ろれつ》の回らない舌で、お、おれは人間だと威張っている。そのたんびに、みんなが、どっと笑う。御作さんも旦那の顔を見て笑った。すると酔っ払いは承知しない。怖《こわ》い眼をして、あたりを見廻しながら、な、なにがおかしい。おれが人間なのが、どこがおかしい。こう見《め》えたって、と云って、だらりと首を垂れてしまうかと思うと、突然《いきなり》思い出したように、人間だいと大きな声を出す。
ところへまた印袢天を着た背の高い黒
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