し》から小さい熨斗袋《のしぶくろ》を出して、中へ銀貨を入れて、持って出た。旦那は口が利《き》けないものだから、黙って、袋を受取って格子《こうし》を跨《また》いだ。御作さんは旦那の肩の後《うしろ》へ、手拭《てぬぐい》の余りがぶら下がっているのを、少しの間眺めていたが、やがて、また奥へ引込《ひっこ》んで、ちょっと鏡台の前へ坐って、再び我が姿を映して見た。それから箪笥の抽出を半分開けて、少し首を傾《かたむ》けた。やがて、中から何か二三点取り出して、それを畳の上へ置いて考えた。が、せっかく取り出したものを、一つだけ残して、あとは丁寧《ていねい》にしまってしまった。それからまた二番目の抽出を開けた。そうしてまた考えた。御作さんは、考えたり、出したり、またはしまったりするので約三十分ほど費やした。その間も始終《しじゅう》心配そうに柱時計を眺めていた。ようやく衣裳《いしょう》を揃《そろ》えて、大きな欝金木綿《うこんもめん》の風呂敷にくるんで、座敷の隅《すみ》に押しやると、髪結が驚いたような大きな声を出して勝手口から這入《はい》って来た。どうも遅くなってすみません、と息を喘《はず》ませて言訳を云ってい
前へ
次へ
全123ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング