ずつ前へ進んで行く。
 自分は歩きながら、今出て来た家の事を想《おも》い浮べた。一様の四階建の、一様の色の、不思議な町は、何でも遠くにあるらしい。どこをどう曲って、どこをどう歩いたら帰れるか、ほとんど覚束《おぼつか》ない気がする。よし帰れても、自分の家は見出《みいだ》せそうもない。その家は昨夕暗い中に暗く立っていた。
 自分は心細く考えながら、背の高い群集に押されて、仕方なしに大通を二つ三つ曲がった。曲るたんびに、昨夕の暗い家とは反対の方角に遠ざかって行くような心持がした。そうして眼の疲れるほど人間のたくさんいるなかに、云うべからざる孤独を感じた。すると、だらだら坂へ出た。ここは大きな道路が五つ六つ落ち合う広場のように思われた。今まで一筋に動いて来た波は、坂の下で、いろいろな方角から寄せるのと集まって、静かに廻転し始めた。
 坂の下には、大きな石刻《いしぼり》の獅子《しし》がある。全身灰色をしておった。尾の細い割に、鬣《たてがみ》に渦《うず》を捲《ま》いた深い頭は四斗樽《しとだる》ほどもあった。前足を揃《そろ》えて、波を打つ群集の中に眠っていた。獅子は二ついた。下は舗石《しきいし》で敷
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