穴の下も、一度にざわつき出した。彼らは闇の中に消えたのではなかった。闇の中で暖かな希臘《ギリシャ》を夢みていたのである。
印象
表へ出ると、広い通りが真直《まっすぐ》に家の前を貫《つらぬ》いている。試みにその中央に立って見廻して見たら、眼に入《い》る家はことごとく四階で、またことごとく同じ色であった。隣も向うも区別のつきかねるくらい似寄った構造なので、今自分が出て来たのははたしてどの家であるか、二三間行過ぎて、後戻りをすると、もう分らない。不思議な町である。
昨夕《ゆうべ》は汽車の音に包《くる》まって寝た。十時過ぎには、馬の蹄《ひづめ》と鈴の響に送られて、暗いなかを夢のように馳《か》けた。その時美しい灯《ともしび》の影が、点々として何百となく眸《ひとみ》の上を往来《おうらい》した。そのほかには何も見なかった。見るのは今が始めてである。
二三度この不思議な町を立ちながら、見上《みあげ》、見下《みおろ》した後《のち》、ついに左へ向いて、一町ほど来ると、四ツ角へ出た。よく覚えをしておいて、右へ曲ったら、今度は前よりも広い往来へ出た。その往来の中を馬車が幾輛《いくりょう》と
前へ
次へ
全123ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング