た》える中に、鮮《あざや》かな金箔《きんぱく》が、胸を躍《おど》らすほどに、燦《さん》として輝いた。自分は前を見た。前は手欄《てすり》で尽きている。手欄の外には何《な》にもない。大きな穴である。自分は手欄の傍《そば》まで近寄って、短い首を伸《のば》して穴の中を覗《のぞ》いた。すると遥《はるか》の下は、絵にかいたような小さな人で埋《うま》っていた。その数の多い割に鮮《あざやか》に見えた事。人の海とはこの事である。白、黒、黄、青、紫、赤、あらゆる明かな色が、大海原《おおうなばら》に起る波紋《はもん》のごとく、簇然《そうぜん》として、遠くの底に、五色の鱗《うろこ》を并《なら》べたほど、小さくかつ奇麗《きれい》に、蠢《うごめ》いていた。
その時この蠢くものが、ぱっと消えて、大きな天井から、遥かの谷底まで一度に暗くなった。今まで何千となくいならんでいたものは闇《やみ》の中に葬られたぎり、誰あって声を立てるものがない。あたかもこの大きな闇に、一人残らずその存在を打ち消されて、影も形もなくなったかのごとくに寂《しん》としている。と、思うと、遥かの底の、正面の一部分が四角に切り抜かれて、闇の中から浮
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