。鼻は険《けわ》しく聳《そび》えていて、顔は奥行ばかり延びている。そうして、足は一文字に用のある方へ運んで行く。あたかも往来《おうらい》は歩くに堪《た》えん、戸外はいるに忍《しの》びん、一刻も早く屋根の下へ身を隠さなければ、生涯《しょうがい》の恥辱である、かのごとき態度である。
自分はのそのそ歩きながら、何となくこの都にいづらい感じがした。上を見ると、大きな空は、いつの世からか、仕切られて、切岸《きりぎし》のごとく聳《そび》える左右の棟《むね》に余された細い帯だけが東から西へかけて長く渡っている。その帯の色は朝から鼠色《ねずみいろ》であるが、しだいしだいに鳶色《とびいろ》に変じて来た。建物は固《もと》より灰色である。それが暖かい日の光に倦《う》み果《は》てたように、遠慮なく両側を塞《ふさ》いでいる。広い土地を狭苦しい谷底の日影にして、高い太陽が届く事のできないように、二階の上に三階を重ねて、三階の上に四階を積んでしまった。小さい人はその底の一部分を、黒くなって、寒そうに往来《おうらい》する。自分はその黒く動くもののうちで、もっとも緩漫《かんまん》なる一分子である。谷へ挟《はさ》まって
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