を取ったりするのが気味が悪いようであった。が、夜になると猫の事は自分も妻もまるで忘れてしまった。猫の死んだのは実にその晩である。朝になって、下女が裏の物置に薪《まき》を出しに行った時は、もう硬くなって、古い竈《へっつい》の上に倒れていた。
妻はわざわざその死態《しにざま》を見に行った。それから今までの冷淡に引《ひ》き更《か》えて急に騒ぎ出した。出入《でいり》の車夫を頼んで、四角な墓標を買って来て、何か書いてやって下さいと云う。自分は表に猫の墓と書いて、裏にこの下に稲妻《いなずま》起る宵《よい》あらんと認《したた》めた。車夫はこのまま、埋《う》めても好いんですかと聞いている。まさか火葬にもできないじゃないかと下女が冷《ひや》かした。
小供も急に猫を可愛《かわい》がり出した。墓標の左右に硝子《ガラス》の罎《びん》を二つ活《い》けて、萩《はぎ》の花をたくさん挿《さ》した。茶碗《ちゃわん》に水を汲《く》んで、墓の前に置いた。花も水も毎日取り替えられた。三日目の夕方に四つになる女の子が――自分はこの時書斎の窓から見ていた。――たった一人墓の前へ来て、しばらく白木の棒を見ていたが、やがて手に持
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