あるという風に、いかにも切りつめた蹲踞《うずく》まり方をする。眼つきも少し変って来た。始めは近い視線に、遠くのものが映るごとく、悄然《しょうぜん》たるうちに、どこか落ちつきがあったが、それがしだいに怪しく動いて来た。けれども眼の色はだんだん沈んで行く。日が落ちて微《かす》かな稲妻《いなずま》があらわれるような気がした。けれども放《ほう》っておいた。妻も気にもかけなかったらしい。小供は無論猫のいる事さえ忘れている。
 ある晩、彼は小供の寝る夜具の裾《すそ》に腹這《はらばい》になっていたが、やがて、自分の捕《と》った魚を取り上げられる時に出すような唸声《うなりごえ》を挙《あ》げた。この時変だなと気がついたのは自分だけである。小供はよく寝ている。妻は針仕事に余念がなかった。しばらくすると猫がまた唸《うな》った。妻はようやく針の手をやめた。自分は、どうしたんだ、夜中に小供の頭でも噛《かじ》られちゃ大変だと云った。まさかと妻はまた襦袢《じゅばん》の袖《そで》を縫い出した。猫は折々唸っていた。
 明くる日は囲炉裏《いろり》の縁《ふち》に乗ったなり、一日唸っていた。茶を注《つ》いだり、薬缶《やかん》
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