まにして放《ほう》っておいた。すると、しばらくしてから、今度は三度のものを時々吐くようになった。咽喉《のど》の所に大きな波をうたして、嚏《くしゃみ》とも、しゃくりともつかない苦しそうな音をさせる。苦しそうだけれども、やむをえないから、気がつくと表へ追い出す。でなければ畳《たたみ》の上でも、布団《ふとん》の上でも容赦《ようしゃ》なく汚す。来客の用意に拵《こしら》えた八反《はったん》の座布団《ざぶとん》は、おおかた彼れのために汚されてしまった。
「どうもしようがないな。腸胃《ちょうい》が悪いんだろう、宝丹《ほうたん》でも水に溶《と》いて飲ましてやれ」
 妻《さい》は何とも云わなかった。二三日してから、宝丹を飲ましたかと聞いたら、飲ましても駄目です、口を開《あ》きませんという答をした後《あと》で、魚の骨を食べさせると吐くんですと説明するから、じゃ食わせんが好いじゃないかと、少し嶮《けん》どんに叱りながら書見をしていた。
 猫は吐気《はきけ》がなくなりさえすれば、依然として、おとなしく寝ている。この頃では、じっと身を竦《すく》めるようにして、自分の身を支える縁側《えんがわ》だけが便《たより》で
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