まま、いつまでも動く様子が見えない。小供がいくらその傍《そば》で騒いでも、知らぬ顔をしている。小供の方でも、初めから相手にしなくなった。この猫はとても遊び仲間にできないと云わんばかりに、旧友を他人扱いにしている。小供のみではない、下女はただ三度の食《めし》を、台所の隅《すみ》に置いてやるだけでそのほかには、ほとんど構いつけなかった。しかもその食はたいてい近所にいる大きな三毛猫が来て食ってしまった。猫は別に怒《おこ》る様子もなかった。喧嘩《けんか》をするところを見た試《ため》しもない。ただ、じっとして寝ていた。しかしその寝方にどことなく余裕《ゆとり》がない。伸《の》んびり楽々と身を横に、日光を領《りょう》しているのと違って、動くべきせき[#「せき」に傍点]がないために――これでは、まだ形容し足りない。懶《ものう》さの度《ど》をある所まで通り越して、動かなければ淋《さび》しいが、動くとなお淋しいので、我慢して、じっと辛抱しているように見えた。その眼つきは、いつでも庭の植込を見ているが、彼《か》れはおそらく木の葉も、幹の形も意識していなかったのだろう。青味がかった黄色い瞳子《ひとみ》を、ぼん
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