いている。歯が利《き》かなくって、もごもごしているくせに何となく調子の荒いところが見える。娘も阿爺《おやじ》に対するときは、険相《けんそう》な顔がいとど険相になるように見える。どうしても普通の親子ではない。――自分はこう考えて寝た。
 翌日朝飯を食いに下りると、昨夕《ゆうべ》の親子のほかに、また一人家族が殖《ふ》えている。新しく食卓に連《つら》なった人は、血色の好い、愛嬌《あいきょう》のある、四十|恰好《がっこう》の男である。自分は食堂の入口でこの男の顔を見た時、始めて、生気のある人間社会に住んでいるような心持ちがした。my brother《マイブラザー》と主婦がその男を自分に紹介した。やっぱり亭主では無かったのである。しかし兄弟とはどうしても受取れないくらい顔立《かおだち》が違っていた。
 その日は中食《ちゅうじき》を外でして、三時過ぎに帰って、自分の部屋へ這入《はい》ると間もなく、茶を飲みに来いと云って呼びにきた。今日も曇っている。薄暗い食堂の戸を開けると、主婦がたった一人|煖炉《ストーブ》の横に茶器を控《ひか》えて坐《すわ》っていた。石炭を燃《もや》してくれたので、幾分か陽気な感
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