て出るだろうと思うくらい美しいアクセントであった。
 その夕、晩餐《ばんさん》の時は、頭の禿《は》げた髯《ひげ》の白い老人が卓に着いた。これが私の親父《おやじ》ですと主婦から紹介されたので始めて主人は年寄であったんだと気がついた。この主人は妙な言葉遣《ことばづかい》をする。ちょっと聞いてもけっして英人ではない。なるほど親子して、海峡を渡って、倫敦《ロンドン》へ落ちついたものだなと合点《がてん》した。すると老人が私は独逸人《ドイツじん》であると、尋ねもせぬのに向うから名乗って出た。自分は少し見当《けんとう》が外《はず》れたので、そうですかと云ったきりであった。
 部屋へ帰って、書物を読んでいると、妙に下の親子が気に懸《かか》ってたまらない。あの爺さんは骨張った娘と較べてどこも似た所がない。顔中は腫《は》れ上《あが》ったように膨《ふく》れている真中に、ずんぐりした肉の多い鼻が寝転《ねころ》んで、細い眼が二つ着いている。南亜《なんあ》の大統領にクルーゲルと云うのがあった。あれによく似ている。すっきりと心持よくこっちの眸《ひとみ》に映る顔ではない。その上娘に対しての物の云い方が和気《わき》を欠
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