って痛いくらいである。だから仕方なしにじっとしていた。少しでも手を動かすと、手がどこか冷たい所に触れる。それが刺《とげ》にでも触《さわ》ったほど神経に応《こた》える。首をぐるりと回してさえ、頸《くび》の付根が着物の襟《えり》にひやりと滑《すべ》るのが堪《た》えがたい感じである。自分は寒さの圧迫を四方から受けて、十畳の書斎の真中に竦《すく》んでいた。この書斎は板の間である。椅子を用いべきところを、絨※[#「疉+毛」、第4水準2−78−16]《じゅうたん》を敷いて、普通の畳《たたみ》のごとくに想像して坐っている。ところが敷物が狭いので、四方とも二尺がたは、つるつるした板の間が剥《む》き出《だ》しに光っている。じっとしてこの板の間を眺めて、竦《すく》んでいると、男の子がまだ泣いている。とても仕事をする勇気が出ない。
 ところへ妻《さい》がちょっと時計を拝借と這入《はい》って来て、また雪になりましたと云う。見ると、細《こま》かいのがいつの間にか、降り出した。風もない濁った空の途中から、静かに、急がずに、冷刻に、落ちて来る。
「おい、去年、子供の病気で、煖炉《ストーブ》を焚《た》いた時には炭代が
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