で温水摩擦《おんすいまさつ》を済まして、茶の間で紅茶を茶碗《ちゃわん》に移していると、二つになる男の子が例の通り泣き出した。この子は一昨日《おととい》も一日泣いていた。昨日も泣き続けに泣いた。妻《さい》にどうかしたのかと聞くと、どうもしたのじゃない、寒いからだと云う。仕方がない。なるほど泣き方がぐずぐずで痛くも苦しくもないようである。けれども泣くくらいだから、どこか不安な所があるのだろう。聞いていると、しまいにはこっちが不安になって来る。時によると小悪《こにく》らしくなる。大きな声で叱《しか》りつけたい事もあるが、何しろ、叱るにはあまり小さ過ぎると思って、つい我慢をする。一昨日も昨日もそうであったが、今日もまた一日そうなのかと思うと、朝から心持が好くない。胃が悪いのでこの頃は朝飯《あさめし》を食わぬ掟《おきて》にしてあるから、紅茶茶碗を持ったまま、書斎へ退《しりぞ》いた。
 火鉢《ひばち》に手を翳して、少し暖《あっ》たまっていると、子供は向うの方でまだ泣いている。そのうち掌《てのひら》だけは煙《けむ》が出るほど熱くなった。けれども、背中から肩へかけてはむやみに寒い。ことに足の先は冷え切
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