棒と云ったまま、裁縫《しごと》をしている御母さんの傍《そば》へ来て泣き出した。御母さんはむきになって、表向《おもてむき》よしを取りにやると、与吉の御袋がどうも御気の毒さまと云ったぎりで毬はとうとう喜いちゃんの手に帰らなかった。
それから三日|経《た》って、喜いちゃんは大きな赤い柿《かき》を一つ持って、また裏へ出た。すると与吉が例の通り崖下へ寄って来た。喜いちゃんは生垣の間から赤い柿を出して、これ上げようかと云った。与吉は下から柿を睨《にら》めながら、なんでえ、なんでえ、そんなもの要《い》らねえやとじっと動かずにいる。要らないの、要らなきゃ、およしなさいと、喜いちゃんは、垣根から手を引っ込めた。すると与吉は、やっぱりなんでえ、なんでえ、擲《な》ぐるぞと云いながらなおと崖の下へ寄って来た。じゃ欲しいのと喜いちゃんはまた柿を出した。欲しいもんけえ、そんなものと与吉は大きな眼をして、見上げている。
こんな問答を四五遍|繰返《くりかえ》したあとで、喜いちゃんは、じゃ上げようと云いながら、手に持った柿をぱたりと崖の下に落した。与吉は周章《あわて》て、泥の着いた柿を拾った。そうして、拾うや否や、
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