いから、学校から帰って、退屈になると、裏へ出て遊んでいる。裏は御母《おっか》さんや、御祖母《おばあ》さんが張物《はりもの》をする所である。よしが洗濯をする所である。暮になると向鉢巻《むこうはちまき》の男が臼《うす》を担《かつ》いで来て、餅《もち》を搗《つ》く所である。それから漬菜《つけな》に塩を振って樽《たる》へ詰込む所である。
喜いちゃんはここへ出て、御母さんや御祖母さんや、よしを相手にして遊んでいる。時には相手のいないのに、たった一人で出てくる事がある。その時は浅い生垣《いけがき》の間から、よく裏の長屋を覗《のぞ》き込む。
長屋は五六軒ある。生垣の下が三四尺|崖《がけ》になっているのだから、喜いちゃんが覗き込むと、ちょうど上から都合よく見下《みおろ》すようにできている。喜いちゃんは子供心に、こうして裏の長屋を見下すのが愉快なのである。造兵へ出る辰《たつ》さんが肌を抜いで酒を呑《の》んでいると、御酒を呑んでてよと御母さんに話す。大工の源坊《げんぼう》が手斧《ておの》を磨《と》いでいると、何か磨いでてよと御祖母さんに知らせる。そのほか喧嘩《けんか》をしててよ、焼芋《やきいも》を食べ
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