られない。そのうちに夜になった。仕方がないから、元の通りにしておいて寝る。みんな気味が悪そうである。自分もけっして好い心持ではない。泥棒は各自勝手に取締《とりしま》るべきものであると警察から宣告されたと一般だからである。
それでも昨日《きのう》の今日《きょう》だから、まあ大丈夫だろうと、気を楽に持って枕に就《つ》いた。するとまた夜中に妻《さい》から起された。さっきから、台所の方ががたがた云っている。気味がわるいから起きて見て下さいと云う。なるほどがたがたいう。妻はもう泥棒が這入《はい》ったような顔をしている。
自分はそっと床を出た。忍び足に妻の部屋を横切って、隔《へだ》ての襖《ふすま》の傍《そば》までくると、次の間では下女が鼾《いびき》をかいている。自分はできるだけ静かに襖を開けた。そうして、真暗な部屋の中に一人立った。ごとりごとりと云う音がする。たしかに台所の入口である。暗いなかを影の動くように三歩《みあし》ほど音のする方へ近《ちかづ》くと、もう部屋の出口である。障子《しょうじ》が立っている。そとはすぐ板敷になる。自分は障子に身を寄せて、暗がりで耳を立てた。やがて、ごとりと云った
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