る訳のものではないのだから、これは先生の方がもっともなので、それを不平に考えた自分は馬鹿なのである。もっとも先生の頭も、その髯《ひげ》の代表するごとく、少しは乱雑に傾《かたむ》いていたようでもあるから、むしろ報酬の値上をして、えらい講義をして貰わない方がよかったかも知れない。
先生の得意なのは詩であった。詩を読むときには顔から肩の辺《あたり》が陽炎《かげろう》のように振動する。――嘘《うそ》じゃない。全く振動した。その代り自分に読んでくれるのではなくって、自分が一人で読んで楽んでいる事に帰着してしまうからつまりはこっちの損になる。いつかスウィンバーンのロザモンドとか云うものを持って行ったら、先生ちょっと見せたまえと云って、二三行朗読したが、たちまち書物を膝《ひざ》の上に伏せて、鼻眼鏡《はなめがね》をわざわざはずして、ああ駄目駄目スウィンバーンも、こんな詩を書くように老い込んだかなあと云って嘆息された。自分がスウィンバーンの傑作アタランタを読んでみようと思い出したのはこの時である。
先生は自分を小供のように考えていた。君こう云う事を知ってるか、ああ云う事が分ってるかなどと愚《ぐ》にも
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