》った炬燵《こたつ》を想像していた。焦《こ》げた蒲団《ふとん》を想像していた。漲《みな》ぎる煙と、燃える畳《たたみ》とを想像していた。ところが開けて見ると、洋灯《ランプ》は例のごとく点《とも》っている。妻と子供は常の通り寝ている。炬燵《こたつ》は宵《よい》の位地にちゃんとある。すべてが、寝る前に見た時と同じである。平和である。暖かである。ただ下女だけが泣いている。
 下女は妻の蒲団の裾《すそ》を抑《おさ》えるようにして早口に物を云う。妻は眼を覚まして、ぱちぱちさせるばかりで別に起きる様子もない。自分は何事が起ったのかほとんど判じかねて、敷居際《しきいぎわ》に突立《つった》ったまま、ぼんやり部屋の中を見回《みまわ》した。途端《とたん》に下女の泣声のうちに、泥棒という二字が出た。それが自分の耳に這入《はい》るや否や、すべてが解決されたように自分はたちまち妻の部屋を大股《おおまた》に横切って、次《つぎ》の間《ま》に飛び出しながら、何だ――と怒鳴《どな》りつけた。けれども飛び出した次の部屋は真暗である。続く台所の雨戸が一枚|外《はず》れて、美しい月の光が部屋の入口まで射し込んでいる。自分は真夜
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