揺《うごかず》、篆煙《てんえん》遶竹梁《ちくりょうをめぐる》」と誦《じゅ》して髯《ひげ》ある男も、見ているままで払わんともせぬ。蜘蛛も動かぬ。ただ風吹く毎に少しくゆれるのみである。
「夢の話しを蜘蛛もききに来たのだろ」と丸い男が笑うと、「そうじゃ夢に画《え》を活《い》かす話しじゃ。ききたくば蜘蛛も聞け」と膝の上なる詩集を読む気もなしに開く。眼は文字《もじ》の上に落つれども瞳裏《とうり》に映ずるは詩の国の事か。夢の国の事か。
「百二十間の廻廊があって、百二十個の灯籠《とうろう》をつける。百二十間の廻廊に春の潮《うしお》が寄せて、百二十個の灯籠が春風《しゅんぷう》にまたたく、朧《おぼろ》の中、海の中には大きな華表《とりい》が浮かばれぬ巨人の化物《ばけもの》のごとくに立つ。……」
 折から烈《はげ》しき戸鈴《ベル》の響がして何者か門口《かどぐち》をあける。話し手ははたと話をやめる。残るはちょと居ずまいを直す。誰も這入《はい》って来た気色《けしき》はない。「隣だ」と髯《ひげ》なしが云う。やがて渋蛇《しぶじゃ》の目を開く音がして「また明晩」と若い女の声がする。「必ず」と答えたのは男らしい。三人は
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