一夜
夏目漱石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)髯《ひげ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)五|分《ぶ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「糸+丸」、第3水準1−89−90]
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「美くしき多くの人の、美くしき多くの夢を……」と髯《ひげ》ある人が二たび三たび微吟《びぎん》して、あとは思案の体《てい》である。灯《ひ》に写る床柱《とこばしら》にもたれたる直《なお》き背《せ》の、この時少しく前にかがんで、両手に抱《いだ》く膝頭《ひざがしら》に険《けわ》しき山が出来る。佳句《かく》を得て佳句を続《つ》ぎ能《あた》わざるを恨《うら》みてか、黒くゆるやかに引ける眉《まゆ》の下より安からぬ眼の色が光る。
「描《えが》けども成らず、描けども成らず」と椽《えん》に端居《はしい》して天下晴れて胡坐《あぐら》かけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語《ぜんご》にて即興なれば間に合わすつもりか。剛《こわ》き髪を五|分《ぶ》に刈りて髯|貯《
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