せる眼を涼しく見張りて「私《わたし》も画《え》になりましょか」と云う。はきと分らねど白地に葛《くず》の葉を一面に崩して染め抜きたる浴衣《ゆかた》の襟《えり》をここぞと正せば、暖かき大理石にて刻《きざ》めるごとき頸筋《くびすじ》が際立《きわだ》ちて男の心を惹《ひ》く。
「そのまま、そのまま、そのままが名画じゃ」と一人が云うと
「動くと画が崩れます」と一人が注意する。
「画になるのもやはり骨が折れます」と女は二人の眼を嬉しがらしょうともせず、膝に乗せた右手をいきなり後《うし》ろへ廻《ま》わして体をどうと斜めに反《そ》らす。丈《たけ》長き黒髪がきらりと灯《ひ》を受けて、さらさらと青畳に障《さわ》る音さえ聞える。
「南無三、好事《こうず》魔多し」と髯ある人が軽《かろ》く膝頭を打つ。「刹那《せつな》に千金を惜しまず」と髯なき人が葉巻の飲《の》み殻《がら》を庭先へ抛《たた》きつける。隣りの合奏はいつしかやんで、樋《ひ》を伝う雨点《うてん》の音のみが高く響く。蚊遣火《かやりび》はいつの間《ま》にやら消えた。
「夜もだいぶ更《ふ》けた」
「ほととぎすも鳴かぬ」
「寝ましょか」
夢の話しはつい中途で流
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