なったから御前は御前で勝手に口上を述べなさい、わしはわしで自由に見物するからという態度をとった。婆さんは人が聞こうが聞くまいが口上だけは必ず述べますという風で別段|厭《あ》きた景色《けしき》もなく怠《おこた》る様子もなく何年何月何日をやっている。
余は東側の窓から首を出してちょっと近所を見渡した。眼の下に十坪ほどの庭がある。右も左もまた向うも石の高塀《たかかべ》で仕切られてその形はやはり四角である。四角はどこまでもこの家の附属物かと思う。カーライルの顔は決して四角ではなかった。彼はむしろ懸崖《けんがい》の中途が陥落して草原の上に伏しかかったような容貌《ようぼう》であった。細君は上出来の辣韮《らっきょう》のように見受けらるる。今余の案内をしている婆さんはあんぱんのごとく丸《ま》るい。余が婆さんの顔を見てなるほど丸いなと思うとき婆さんはまた何年何月何日を誦《じゅ》し出した。余は再び窓から首を出した。
カーライル云う。裏の窓より見渡せば見ゆるものは茂る葉の木株、碧《みど》りなる野原、及びその間に点綴《てんてつ》する勾配《こうばい》の急なる赤き屋根のみ。西風の吹くこの頃の眺《なが》めはいと
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