いつまでも平気に残っているのを、もろうた者の煙のごとき寿命と対照して考えると妙な感じがする。それから二階へ上る。ここにまた大きな本棚があって本が例のごとくいっぱい詰まっている。やはり読めそうもない本、聞いた事のなさそうな本、入りそうもない本が多い。勘定をしたら百三十五部あった。この部屋も一時は客間になっておったそうだ。ビスマークがカーライルに送った手紙と普露西《プロシア》の勲章がある。フレデリック大王伝の御蔭と見える。細君の用いた寝台《ねだい》がある。すこぶる不器用な飾《かざ》り気《け》のないものである。
案内者はいずれの国でも同じものと見える。先《さ》っきから婆さんは室内の絵画器具について一々説明を与える。五十年間案内者を専門に修業したものでもあるまいが非常に熟練したものである。何年何月何日にどうしたこうしたとあたかも口から出《で》任《まか》せに喋舌《しゃべ》っているようである。しかもその流暢《りゅうちょう》な弁舌に抑揚があり節奏《せっそう》がある。調子が面白いからその方ばかり聴いていると何を言っているのか分らなくなる。始めのうちは聞き返したり問い返したりして見たがしまいには面倒に
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