依らなくては駄目と覚悟をしたものと見えて、夫人の上京するまで手を束《つか》ねて待っていた。四五日《しごんち》すると夫人が来る。そこで今度は二人してまた東西南北を馳《か》け廻った揚句の果《はて》やはりチェイン・ローが善《い》いという事になった。両人《ふたり》がここに引き越したのは千八百三十四年の六月十日で、引越の途中に下女の持っていたカナリヤが籠《かご》の中で囀《さえず》ったという事まで知れている。夫人がこの家《いえ》を撰《えら》んだのは大《おおい》に気に入ったものかほかに相当なのがなくてやむをえなんだのか、いずれにもせよこの煙突のごとく四角な家は年に三百五十円の家賃をもってこの新世帯の夫婦を迎えたのである。カーライルはこのクロムウェルのごときフレデリック大王のごときまた製造場の煙突のごとき家の中でクロムウェルを著わしフレデリック大王を著わしディスレリーの周旋《しゅうせん》にかかる年給を擯《しりぞ》けて四角四面に暮したのである。
余は今この四角な家の石階の上に立って鬼の面のノッカーをコツコツと敲《たた》く。しばらくすると内から五十|恰好《かっこう》の肥った婆さんが出て来て御這入《おはい
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