ないのべつに真直《まっすぐ》に立っている。まるで大製造場の煙突の根本を切ってきてこれに天井を張って窓をつけたように見える。
これが彼が北の田舎《いなか》から始めて倫敦《ロンドン》へ出て来て探しに探し抜いて漸々《ようよう》の事で探し宛《あ》てた家である。彼は西を探し南を探しハンプステッドの北まで探してついに恰好《かっこう》の家を探し出す事が出来ず、最後にチェイン・ローへ来てこの家を見てもまだすぐに取《とり》きめるほどの勇気はなかったのである。四千万の愚物《ぐぶつ》と天下を罵《ののし》った彼も住家《すみか》には閉口したと見えて、その愚物の中に当然勘定せらるべき妻君へ向けて委細を報知してその意向を確めた。細君の答に「御申越の借家《しゃくや》は二軒共不都合もなき様|被存《ぞんぜられ》候えば私倫敦へ上《のぼ》り候迄《そろまで》双方共御明け置願度《おきねがいたく》若《も》し又それ迄に取極め候《そろ》必要相生じ候節《そろせつ》は御一存にて如何《いかが》とも御取計らい被下度候《くだされたくそろ》とあった。カーライルは書物の上でこそ自分|独《ひと》りわかったような事をいうが、家をきめるには細君の助けに
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