。帰る時必ずカーライルと演説使いの話しを思いだす。かの溟濛《めいもう》たる瓦斯の霧に混ずる所が往時この村夫子《そんぷうし》の住んでおったチェルシーなのである。
カーライルはおらぬ。演説者も死んだであろう。しかしチェルシーは以前のごとく存在している。否《いな》彼の多年住み古した家屋敷さえ今なお儼然《げんぜん》と保存せられてある。千七百八年チェイン・ロウが出来てより以来幾多の主人を迎え幾多の主人を送ったかは知らぬがとにかく今日《こんにち》まで昔のままで残っている。カーライルの歿後は有志家の発起《ほっき》で彼の生前使用したる器物調度図書典籍を蒐《あつ》めてこれを各室に按排《あんばい》し好事《こうず》のものにはいつでも縦覧《じゅうらん》せしむる便宜《べんぎ》さえ謀《はか》られた。
文学者でチェルシーに縁故のあるものを挙《あ》げると昔《むか》しはトマス・モア、下《くだ》ってスモレット、なお下ってカーライルと同時代にはリ・ハントなどがもっとも著名である。ハントの家はカーライルの直《じき》近傍で、現にカーライルがこの家《いえ》に引き移った晩尋ねて来たという事がカーライルの記録に書いてある。またハ
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