は鳥の名だに、人間のセージとは珍らしいなと演説者はからからと笑う。村夫子はなるほど猫も杓子《しゃくし》も同じ人間じゃのにことさらに哲人《セージ》などと異名《いみょう》をつけるのは、あれは鳥じゃと渾名《あだな》すると同じようなものだのう。人間はやはり当り前の人間で善《よ》かりそうなものだのに。と答えてこれもからからと笑う。
余は晩餐前に公園を散歩するたびに川縁《かわべり》の椅子《いす》に腰を卸して向側を眺《なが》める。倫敦《ロンドン》に固有なる濃霧はことに岸辺に多い。余が桜の杖に頤《あご》を支《ささ》えて真正面を見ていると、遥《はる》かに対岸の往来《おうらい》を這《は》い廻る霧の影は次第に濃くなって五階|立《だて》の町続きの下からぜんぜんこの揺曳《たなび》くものの裏《うち》に薄れ去って来る。しまいには遠き未来の世を眼前に引き出《いだ》したるように窈然《ようぜん》たる空の中《うち》にとりとめのつかぬ鳶色《とびいろ》の影が残る。その時この鳶色の奥にぽたりぽたりと鈍き光りが滴《したた》るように見え初める。三層四層五層|共《とも》に瓦斯《ガス》を点じたのである。余は桜の杖をついて下宿の方へ帰る
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