い背筋《せすじ》を通して硝子《ガラス》張りの明り取りが着いている。このアチックに洩《も》れて来る光線は皆頭の上から真直《まっすぐ》に這入《はい》る。そうしてその頭の上は硝子一枚を隔てて全世界に通ずる大空である。眼に遮《さえぎ》るものは微塵《みじん》もない。カーライルは自分の経営でこの室《しつ》を作った。作ってこれを書斎とした。書斎としてここに立《たて》籠《こも》った。立籠って見て始めてわが計画の非なる事を悟った。夏は暑くておりにくく、冬は寒くておりにくい。案内者は朗読的にここまで述べて余を顧《かえ》りみた。真丸《まんまる》な顔の底に笑の影が見える。余は無言のままうなずく。
カーライルは何のためにこの天に近き一室の経営に苦心したか。彼は彼の文章の示すごとく電光的の人であった。彼の癇癖《かんぺき》は彼の身辺を囲繞《いにょう》して無遠慮に起る音響を無心に聞き流して著作に耽《ふけ》るの余裕を与えなかったと見える。洋琴《ピアノ》の声、犬の声、鶏の声、鸚鵡《おうむ》の声、いっさいの声はことごとく彼の鋭敏なる神経を刺激して懊悩《おうのう》やむ能《あた》わざらしめたる極《きょく》ついに彼をして天に最
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