」
「矢っ張りつまらない内職をしてゐるんですが、どうも近頃《ちかごろ》は不景気で、余《あん》まり好《よ》くない様です」
「好《よ》くない様ですつて、君、一所《いつしよ》に居るんぢやないですか」
「一所《いつしよ》に居ることは居ますが、つい面倒だから聞《き》いた事《こと》もありません。何でも能《よ》くこぼしてる様です」
「兄《にい》さんは」
「兄《あに》は郵便局の方へ出てゐます」
「家《うち》は夫《それ》丈ですか」
「まだ弟がゐます。是は銀行の――まあ小使《こづかひ》に少し毛の生えた位な所なんでせう」
「すると遊《あす》んでるのは、君許りぢやないか」
「まあ、左様《そん》なもんですな」
「それで、家《うち》にゐるときは、何をしてゐるんです」
「まあ、大抵|寐《ね》てゐますな。でなければ散歩でも為《し》ますかな」
「外《ほか》のものが、みんな稼《かせ》いでるのに、君許り寐てゐるのは苦痛ぢやないですか」
「いえ、左様《さう》でもありませんな」
「家庭が余《よ》つ程円満なんですか」
「別段喧嘩もしませんがな。妙なもんで」
「だつて、御母《おつか》さんや兄《にい》さんから云つたら、一日《いちにち
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