いな」
「御前《おまへ》さんが?」
「本《ほん》は読まんでも好《い》いがね。あゝ云ふ具合に遊んで居たいね」
「夫《それ》はみんな、前世《ぜんせ》からの約束だから仕方がない」
「左様《そん》なものかな」
 まづ斯う云ふ調子である。門野《かどの》が代助の所へ引き移る二週|間《かん》前には、此若い独身の主人と、此|食客《ゐさうらふ》との間に下の様な会話があつた。

       一の三

「君は何方《どつか》の学校へ行つてるんですか」
「もとは行きましたがな。今は廃《や》めちまいました」
「もと、何処《どこ》へ行つたんです」
「何処《どこ》つて方々《ほう/″\》行きました。然しどうも厭《あ》きつぽいもんだから」
「ぢき厭《いや》になるんですか」
「まあ、左様《さう》ですな」
「で、大《たい》して勉強する考もないんですか」
「えゝ、一寸《ちよつと》有りませんな。それに近頃|家《うち》の都合が、あんまり好《よ》くないもんですから」
「家《うち》の婆《ばあ》さんは、あなたの御母《おつか》さんを知つてるんだつてね」
「えゝ、もと、直《ぢき》近所に居たもんですから」
「御母《おつか》さんは矢っ張り……
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