》は私《わたくし》少し御願《おねがひ》があつて上《あ》がつたの」
疳《かん》の鋭どい代助は、三千代の言葉を聞くや否や、すぐ其用事の何であるかを悟つた。実は平岡が東京へ着いた時から、いつか此問題に出逢ふ事だらうと思つて、半意識《はんいしき》の下《した》で覚悟してゐたのである。
「何ですか、遠慮なく仰しやい」
「少し御金《おかね》の工面《くめん》が出来《でき》なくつて?」
三千代の言葉《ことば》は丸で子供の様に無邪気であるけれども、両方の頬《ほゝ》は矢つ張り赤くなつてゐる。代助は、此女に斯んな気恥《きは》づかしい思ひをさせる、平岡の今の境遇を、甚だ気の毒に思つた。
段々聞いて見ると、明日《あした》引越をする費用や、新らしく世帯を持つ為《た》めの金《かね》が入用なのではなかつた。支店の方を引き上《あ》げる時、向ふへ置き去《ざ》りにして来《き》た借金が三口《みくち》とかあるうちで、其|一口《ひとくち》を是非片付けなくてはならないのださうである。東京へ着《つ》いたら一週間うちに、どうでもすると云ふ堅《かた》い約束をして来《き》た上《うへ》に、少し訳があつて、他《ほか》の様に放《ほう》つて置
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