るのに驚ろかずにはゐられない。
四の二
代助は机の上の書物を伏せると立ち上《あ》がつた。縁側《えんがは》の硝子戸《がらすど》を細目《ほそめ》に開《あ》けた間《あひだ》から暖《あたゝ》かい陽気な風が吹き込んで来《き》た。さうして鉢植のアマランスの赤い瓣《はなびら》をふら/\と揺《うご》かした。日《ひ》は大きな花の上《うへ》に落ちてゐる。代助は曲《こゞ》んで、花の中《なか》を覗《のぞ》き込んだ。やがて、ひよろ長い雄|蕊《ずゐ》の頂《いたゞ》きから、花粉《くわふん》を取つて、雌蕊《しずゐ》の先《さき》へ持つて来《き》て、丹念《たんねん》に塗《ぬ》り付《つ》けた。
「蟻《あり》でも付《つ》きましたか」と門野《かどの》が玄関の方から出《で》て来《き》た。袴《はかま》を穿《は》いてゐる。代助は曲《こゞ》んだ儘顔を上《あ》げた。
「もう行《い》つて来《き》たの」
「えゝ、行《い》つて来《き》ました。何《なん》ださうです。明日《あした》御引移《おひきうつ》りになるさうです。今日《けふ》是から上《あ》がらうと思つてた所だと仰《おつ》しやいました」
「誰《だれ》が? 平岡が?」
「えゝ
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