。――どうも何《なん》ですな。大分御|忙《いそ》がしい様ですな。先生た余つ程|違《ちが》つてますね。――蟻なら種油《たねあぶら》を御注《おつ》ぎなさい。さうして苦《くる》しがつて、穴から出《で》て来《く》る所を一々《いち/\》殺すんです。何なら殺《ころ》しませうか」
「蟻ぢやない。斯《か》うして、天気の好《い》い時に、花粉を取《と》つて、雌蕊《しずゐ》へ塗り付《つ》けて置くと、今に実《み》が結《な》るんです。暇《ひま》だから植木屋から聞《き》いた通り、遣《や》つてる所だ」
「なある程。どうも重宝な世の中《なか》になりましたね。――然し盆栽は好《い》いもんだ。奇麗で、楽しみになつて」
 代助は面倒臭《めんどくさ》いから返事をせずに黙つてゐた。やがて、
「悪戯《いたづら》も好加減《いゝかげん》に休《よ》すかな」と云ひながら立ち上《あ》がつて、縁側へ据付《すゑつけ》の、籐《と》の安楽|椅子《いす》に腰を掛けた。夫れ限《ぎ》りぽかんと何か考へ込んでゐる。門野《かどの》は詰《つま》らなくなつたから、自分の玄関|傍《わき》の三畳|敷《じき》へ引き取つた。障|子《じ》を開《あ》けて這入らうとすると、
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