だら、どうしたら宜からうといふ心配である。考へると到底死ねさうもない。と云つて、無理にも殺されるんだから、如何《いか》にも残酷である。彼は生《せい》の慾望と死の圧迫の間に、わが身を想像して、未練《みれん》に両方に往つたり来《き》たりする苦悶を心に描《ゑが》き出しながら凝《じつ》と坐《すは》つてゐると、脊中《せなか》一面《いちめん》の皮《かは》が毛穴《けあな》ごとにむづ/\して殆《ほと》んど堪《たま》らなくなる。
 彼《かれ》の父《ちゝ》は十七のとき、家中《かちう》の一人《ひとり》を斬り殺して、それが為《た》め切腹をする覚悟をしたと自分で常に人に語《かた》つてゐる。父《ちゝ》の考では兄《あに》の介錯を自分がして、自分の介錯を祖父《ぢゞ》に頼む筈であつたさうだが、能くそんな真似が出来るものである。父《ちゝ》が過去を語《かた》る度《たび》に、代助は父《ちゝ》をえらいと思ふより、不愉快な人間《にんげん》だと思ふ。さうでなければ嘘吐《うそつき》だと思ふ。嘘吐《うそつき》の方がまだ余っ程|父《ちゝ》らしい気がする。
 父許《ちゝばかり》ではない。祖父《ぢゞ》に就ても、こんな話がある。祖父《ぢゞ》が
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