が其所《そこ》から吹いて来《く》る。海だとGが云つた。しばらくすると、宣告文を書《か》いた紙《かみ》と、宣告文を持つた、白い手――手套《てぶくろ》を穿《は》めない――を角燈が照《て》らした。読上《よみあ》げんでも可《よ》からうといふ声がした。其の声は顫へてゐた。やがて角燈が消えた。……もう只《たつた》一人《ひとり》になつたとKが云つた。さうして溜息《ためいき》を吐《つ》いた。Sも死んで仕舞つた。Wも死んで仕舞つた。Mも死んで仕舞つた。只《たつた》一人《ひとり》になつて仕舞つた。……
 海から日《ひ》が上《あが》つた。彼等は死骸を一つの車に積み込んだ。さうして引き出した。長くなつた頸《くび》、飛び出《だ》した眼《め》、唇《くちびる》の上《うへ》に咲いた、怖ろしい花の様な血の泡《あは》に濡《ぬ》れた舌《した》を積み込んで元《もと》の路へ引き返した。……
 代助はアンドレーフの「七刑人」の最後の模様を、此所《こゝ》迄|頭《あたま》の中《なか》で繰り返して見て、竦《ぞつ》と肩《かた》を縮《すく》めた。斯《か》う云ふ時に、彼《かれ》が尤も痛切に感《かん》ずるのは、万一自分がこんな場に臨《のぞ》ん
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